読書好きな人なら一冊くらいは読んだことがあるかも知れない、2000年代の注目作家。
多くの作品が映像化され、また何度も直木賞候補(現在は選考辞退している)となり、「ゴールデンスランバー」では本屋大賞と山本周五郎賞を受賞した。
その彼が今回描いたのは「大学生活」。いわゆる「キャンパス・ライフ」である。勿論、ただの大学生活な筈が無く、そこには様々な仕掛けが存在しているが……。
そんな「砂漠」について。
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まずは「砂漠」とは何なのか。それは彼なりの「社会」「世間」というものを言葉にしたものだ。主要人物の一人・西嶋は大学が始まってまもない新入生の宴会の席でこんなことを言う。
「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」 そしてその奇妙な発言ぶりが目立った西嶋の、よく分からない引力に引きつけられた四人、北村、鳥井、東堂、南はやがて砂漠に雪を降らそうと奔走する。
なんてことは、まるでない。
名前を見ると思い浮かべるかも知れないが、「東西南北」が揃っていて、麻雀ネタが登場する。そこから外れた鳥井は? どうなるのかは中身を読んでもらいたいが、彼らの大学生活というものが、おおよそ想像される大学生活の部分も持ちながら、それでもやはり彼らの大学生活なのだと、最後まで読み終えると感じるだろう。彼らは最後までやはり彼ららしいのだが、それでもこれは新しい時代の大学生活を描いた傑作だな、と思わせられる。
この五人のうち、とにかく西嶋なる男が秀逸なのだが、そのある意味筋が通っている言説が、ある部分では本書のテーマを表していると思う。ただ、西嶋はスーパーマンでは無いし、贔屓目に見てもどこか間抜けである。他の四人もそれぞれ特徴があるが、やはり「大学生」という括りの中に生きている。
彼らは痛い目に遭うこともあるし、悪を挫こうと張り切ることもある。恋もすれば、就職にだって悩む。でもそれらは全て「キャンパス・ライフ」というある種の「オアシス」の中でのことである。
冒頭や最後の部分でサン・テグジュペリの言葉が引用されているが、本書には「砂漠」は登場していない。確かにその砂に触れる機会こそあるが、あくまで「オアシス」について語ったものだ。
砂漠に出た彼らは疲れたからとオアシスを思い出し、懐かしむだろう。でもそんな部分には触れられていない。あくまで大学生活の四年間という青春が描かれ、彼らはそれぞれの人生の砂漠へと歩み出ていく。色々と苦労したことも、好きだった人のことも、仲間と馬鹿やったことも、ああ懐かしいなあ、そんなこともあったなあ、と酒を飲みながら語るのだろう。
けれど、その為に学生時代はある訳じゃない。
そう。彼らの人生はまだまだこれからだ。それに、ほら、砂漠に雪を降らせるという大仕事が残っているじゃないか。
なんてことは、まるでない。
ちょっと人を食ったような部分もありながら、喜怒哀楽がしっかりと詰まった彼らの大学生活は、読者にもしっかりと何かを与えてくれるだろう。ある部分では感動すらある。
当然、伊坂作品らしく、細かな伏線とその回収は見事で、でも最後まで読み進めて一番記憶に残ってしまう西嶋というキャラクタが、本書の何よりの魅力と言えるかも知れない。